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<真実>丸顔はどこからきたのか?③

『丸顔の真実』



第15回 丸顔はどこからきたのか?③


微に入り細に入り、丸顔について深く追及する
当コーナー『丸顔の真実』



(⇒第14回からの続き)



前回の「丸顔はどこからきたのか?②」にて、
日本人のルーツは、「縄文人」「弥生人」
であることを学んだ。

ではその両者が、どのようにしてこの日本列島
に流入
してきたのか、さらに掘り下げてみる。



縄文人のルーツは南方、スンダランドにあると
されている。

スンダランドとは、古代東南アジアに存在した、
ユーラシア最南端の大陸の一部分である。

これが縄文時代前に南方ルートを介し日本に
たどり着き、定住したとされる説である。

縄文人 流入ルート

スンダランド人はここから四方にすみかを広げ、
日本・東南アジア以外にも、オセアニア以東
地にも上陸していったとみられる。

前回の記事で取り上げた、サイクロン被災の
バヌアツ人も、そのルーツはスンダランド人
であると言われている。


さて、縄文人の特徴としては、前出の通り、
・背が低い
・下顎の幅がある(顔が縦につぶれている)

といったところがあげられる。


宮里藍
宮里藍(プロゴルファー)

こうして、縄文時代に大規模な稲作をせず
狩猟をメインとしていた縄文人は、当時陸続き
だった太平洋岸に沿って北上し、日本全土に
広がっていった。

そして各地で、縄文土器をはじめとした
文化の痕跡を残しているのである。



やがて時は弥生の時代へと移る。

完全につながっていた朝鮮半島との陸地
ルート
もなくなりつつあった時代。
北方アジアを起源とする民族は、九州から
日本列島にたどり着いたとみられる。

弥生人 流入ルート

やがて縄文人同様、日本列島各地に広がって
いく弥生人。彼らは大規模稲作の技術
持ち合わせていた。

すなわち、集団で生活することを基本としてた。
これは先住民であった縄文人の土地を侵攻するに
足る大きな力であったはずだ。


弥生人は、北方起源であるがゆえ、
・背が高め(やや面長)
・豊かな体型

という特徴を持っていた。

大島由香里
大島由香里(フジテレビアナウンサー)


すみかを失った縄文人は、北海道沖縄にて
居を構えることとなる。

これが、琉球人アイヌ人という離れた地で
縄文人が存在
し続ける根拠となったわけである。



・・・以上がかつて定説であった、縄文人と
弥生人の日本列島流入
の一連の流れである。



⇒(第16回へ続く)



※当記事は、2000年以前に定説となっていた
 日本列島流入説をもとに記事を書いており
 ます。
 遺伝子学的に見たアイヌ人≠琉球人説、
 弥生人の北海道からの流入・北方流入説、
 縄文人≠スンダランド人説など、諸説ある
 ことは、筆者も承知しております。


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